« 朝市無事終了~ & わかめ商人(笑) | トップページ | 立田野食堂はアミューズメントパーク »

2012/05/29

南相馬市旧警戒区域

120525011205250212052503 南相馬市南部の福島第一20km警戒区域の解除に伴い、ボランティア活動がついに5月18日から始まったので25日に行ってきた。

国道6号、クルマに分乗して南下。20kmの元規制線を越えると空気が一変する。
 
ガードレールが、電柱が、海から山のほうへなぎ倒されている。事務所がガレキに埋もれたガソリンスタンドなど多数。元は田んぼとも畑ともとれる荒地にクルマの残骸や横倒しのフォークリフトなど点々と。まるで去年5月に見た三陸のよう・・・・と言いたいとこだけどどこか違う・・・・。
 
この日の作業はハウス内のシイタケ栽培棚の解体と撤去だった。棚が菌床ごと倒れてしまってるので菌床を外しながら少しづつ解体する。40人でかかったけど人海戦術でもなけりゃ作業する前から気が萎えてしまいそうだ。「夫婦で片付けても少しも進まないから毎日ため息をついていたの・・・」蔵内のおかあさんの涙を思い出す。
 
 
120525041205250512052506 活動先の方は身体一つで避難させられた「だってまさかこんな長期になるなんて」
 
いろんなものを全部家に置いてあるのを泥棒も知ってたらしい。空き巣の天国・・・・・たくさんのお宅が空き巣被害にあったそうだ。
 
このあたりの方はまず1次避難所へ。そして2次避難所へ。避難所から避難所へ引越しを重ねるうちに皆さんの顔色が暗く沈んでいって極端に会話が減ったそうだ。先が見えずにいつまでもタライ回しでは・・・・無理もないです。
 
そして今、警戒解除でいざ片付けを始めようとしても、避難を重ねるうちに親類縁者は日本中に散り散りばらばらで助け合うこともできない。
 
 
作業のほうは、2日で見積った作業を1日で、しかも1時間早く仕上げた。昼ごはんのときにいろいろお話を伺った効果だったのだろうか?
 
 
1205250712052508 帰路は雨・・・・・今も警察車両が陣取る旧20km規制線を越えて帰る。ここから数キロは南下したから原発15kmくらいまでは迫ってたのか・・・・

先に三陸とどこか違うと書いたけど、途中でふと気づいたのは道路が裏路地に至るまできれい。 個人宅でも商店でも工場でも、建屋内はぐちゃぐちゃだけどその前の駐車場にはガラクタひとつ落ちてない。コメリがあったのだけど営業中?ってくらいキレイに資材が積んであるのに実は閉店封鎖中。自衛隊さんがやってくれたのだろうか、とりあえず道路などはキレイにして、その先のことはそれぞれの持ち主がってことか。そのまま1年放置。放射能汚染の関係でゴミの持ち出しすらできないので。
 
そして・・・・ともかく人がいない。まるでSF映画のセットのようだ。機械が入ったけど人が入ってない感じ。これが福島の震災被災地の現実?・・・いや原発被災地の現実だ。
いきなり人間が土地から引っこ抜かれて14ヶ月、人がいないからこそ起きたことだらけだ。
 
中東の戦争映像に出てくる迫撃砲をくらった建物のようなセブンイレブン。これは泥棒のしわざだという・・・やりたい放題だ。
 
活動先の方はいろいろ話してくださった締めくくりに「なんだかねえ・・・・」とおっしゃった。ほかの地震・津波の被災地だって大変だけど、福島の場合はもう一枚複雑な思いが覆いかぶさってるように見えた。それが「なんだかねえ・・・・」にあらわれてる。
 
 
 
 
 
 
ボランテイアセンターに戻り、雨の中カリフォルニアで出発。帰りの県道12号線で、往きは急いでて気づかなかったが、飯舘村中心部を通過してた。公民館もJAもカーテンをひいて無人、無人、無人・・・・。
 
なんだかなあ
 
でもなんとかしないと

|

« 朝市無事終了~ & わかめ商人(笑) | トップページ | 立田野食堂はアミューズメントパーク »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 朝市無事終了~ & わかめ商人(笑) | トップページ | 立田野食堂はアミューズメントパーク »