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2011/05/27

こっ!この豚野郎っ!!

・・・・そう、最近みんな思うでしょう!
 
なんなんだろう・・・
 
なんだってこんなことに!?
 
この持ってゆきばのない怒り・・・・
 
くっそ~~
 
よっし、健康診断も終わったし、あの豚野郎を懲らしめに行ってやるっ!!!
 
 
11052701
  
 
ちゃ~~ん
 
やってきました御茶ノ水♪
 
小さな雑居ビルの3Fにあるその名も「豚野郎」だ~!
 
開店前に階段に列ができていて、最初の1クールに入れなかった
 
場所柄もあり、やっぱ学生ばかりだ・・・20分ほど待って入店
 
 
1105270211052703  炭火焼豚丼オンリーの店
 
小480円、中680円、大880円で
 
大の肉は250g、ご飯は500gある
 
丼からはみだす肉は「大」でこその迫力だ!
 
さっそく懲らしめにかかる・・・エイッ!エイッ!
 
炭火で焼いた豚は香ばしくてまいう~
 
まるで肉の花・・・・1/3ほど掘ったとこで上から撮ってみる
 
濃い目のタレがたっぷりかかってまいう~
 
 
1105270411052705  食後、神保町で石井スポーツをのぞいたあと、やおら三田線に乗り込む
 
次のターゲットは庚申塚のファイト餃子だ
 
チャリで近くに来ていながらスルーしてたのはビールを飲めないから
 
今日は飲めるゼ、懲らしめてやるっ!!とは言ったものの・・・
 
750g完食の直後とあって餃子15個のみオーダー
 
熱つつっ!サクッ!パリッ!まいう~!
 
餡の味はおとなしめかな?強烈豚丼のあとだしな・・・
 
 
 
1105270611052707  も、もう食べれましぇん・・・・・
 
よたよたと巣鴨に向かって歩くとかの有名なとげ抜き地蔵の前に
 
あ、僕も怪我人だったんだ!!とお参りする
 
例のお地蔵様はスルーしようかと思ったが、どこかで「今日は並ばなくていいわねえ」の声が・・・・
 
そうか・・・・それでは・・・・と左肩のあたりを入念に洗って差し上げた
 
しかしこの商店街、テレビクルーが3組もいたぞ



1105270811052709  商店街はかつてのヤングであふれていた
 
ただのお茶だろうに「参拝記念の参拝茶」と印刷すると売れるらしい
 
怪しい輸入グッズ屋では健康によいらしい鉱物の名を連呼してた
 
巣鴨駅よりの甘味処兼食堂的なお店では
 
そこそこにデーハーなショーケースがどこか懐かしい
 
そしてなぜカキ氷だけ手抜きしてしまったのか
 
まあいいか
 
甘味が300円台とは良心的ではないか
 
「のり巻き360円」というメニューが愛らしくもあり・・・・・
 
ここも一度懲らしめに来るかにゃ・・・

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2011/05/19

Days of Wine and Roses

Days of Wine and Roses
酒と薔薇の日々

昔のアメリカ映画だ。素敵な題名なんだけど………

酒に溺れ、ついに誘惑から逃げられなかった二人の悲しい話

ってざっくりした解説を酒飲みのあなたに捧げます(自分はどうなんだって?笑)

そんで〜
いま僕に訪れているのは

Days of Ponsyu and Rices

酒と米の日々、なのだ。

いわきボランティアのときにガソリン救援に行った田村市のグッチスタが酒と米を持って遊びにきてくださったのだ。

酒は郡山の酒蔵。
僕好みの本醸造だ。名前の高柴山てのは登山口の看板が立ってたので覚えてる。
ラベルにも描かれてるがツツジが名物らしい。
いま盛りなんじゃないかと思うけど、今年は登る人いないだろうな………。なにしろ屋内待機エリアだ。

屋内待機とはいえ知り合いのお子さんは学校に通う。一方田植はできず、野菜も種をまけずで皆さん鬱々としているらしい。

でも作つけ禁止なんかしてて、今年の米は足りるのかな?(宮城福島でかなりたんぼがやられたし)たとえ放射能が検知されても健康被害がない、もしくは影響がでるのが○十年後レベルだったら僕は食べるよ?
作ってから丁寧に検査して流通させたほうがいいんじゃない?出荷できなかった分と価格低下分に対して賠償すればいい。野菜なら洗えばOKだったり米なら脱穀したら放射線物質も除去されるってこともあるのでは?

検出されるたんびに全数を拒否してたら東北関東から食べられるものは満足に収穫できなくなる可能性だって………

「いいよ食べるよ組」が絶対に何パーセントかいるはずだ。

敵を知り己を知れば百戦あやうからずなのだ!

ああ、酒と米から筆が走ってしまった。

米は近所の農家さんの自宅用を分けてもらったんだって。機械乾燥させず天日干し♪これをなんとボスと僕に15kgずつ(笑)

さあ酒はいつ飲もうか♪

あ、一カ所間違いがあるけどあえてそのままに……わかる?

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2011/05/12

酒場ずれしてないおばちゃん達が

酒場ずれしてないおばちゃん達が
酒場ずれしてないおばちゃん達が
酒場ずれしてないおばちゃん達が
大宮で昼ご飯。
ウロウロしてて目についたのが「いづみや本店」というところ。大衆酒場ですよ。

11:30、すでに出来上がってるじっちゃん達…………向かいの人の息がかかりそうな細いテーブル………懐かしいナ。

アジフライ定食大盛り700円をオーダーしてからぼーっと壁を眺めてると「いづみや名代もつ煮込み170円」て書いてある→即追加オーダー。

やっすいなあ!
ほかのツマミも300円レベルだ。名前も思い出せないけどあの店思い出したよ。
はるか昔、西新宿にワンカップ200円、キューリ漬物30円、なんて当時にしても激安のキッタナイ地下酒場によく行ってた。ヤバいおっちゃん達がいっぱいいた(笑)

あの店といづみやが違うのは働いてるおばちゃん達(たぶん平均年齢65くらい?)が変に水商売ずれしてないから、朝からズルズル飲んでる客がいるのに雰囲気がダメダメな感じ(笑)になってないとこかな?

定食食べてるうちにも入ってくる人が「冷や!」とか「泡盛」とか言ってる。
割りものなんかないだろうな…。焼酎もコップになみなみ、それと氷水がトン!と置かれる。お腹のなかで割ってちょうだいってわけだ。

ご飯もおいしかった。もつ煮が思ったより(170円ゆえ)盛りがいいし、漬物やら昆布佃煮やらとご飯お代わりしたいくらいだ!てかふつうに酒飲みたいし!

誘惑に打ち勝って仕事へと向かったのでありました。

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2011/05/07

忘れてはいけないこと

110502011105020211050203   気仙沼から無事帰ってきた。応援そしてご心配のお言葉、励みになりました。

さて、小泉浜ボランティアセンター(以下はまセン)での1日をざっと書いてみよう。

04:30 日の出、鳥が鳴き始めて起床。5分ほど歩いてはまセンで携帯の充電をしておく。テント内の結露を拭いたりお茶したり散策したり雑談したり身支度したり。

07:00 はまセンへ。携帯回収。地元の方も動き始め、そろそろ朝食がセットされる。α化米が主流。好きなものを選ぶ。人によってカップ麺や缶詰も。仮設トイレ6基、うち2基が水洗。非水洗では携帯落下→行方不明事件1件勃発!

08:00 全体ミーティング。避難所の方々、地域の方々、ボランティア、地域の共同生活者全体が参加する。生活情報やトイレ当番や復興活動など。新着ボランティアはこのとき全員自己紹介する。帰路交通シェアのお願いもある。

09:00 作業班ごとへ、新着ボランティアの割り振りが終わり作業開始。以降1時間毎に10分の休憩。

12:00 昼食。おにぎりにカップ麺。13:00作業再開。

16:00 作業終了。全体ミーティング。その後夕食。おにぎりにカップ麺と缶詰と、日によって温かい主食あるいは副食がある。

17:00 希望者は風呂へ。はまセン2箇所の風呂は避難所男性・すべての女性・ボランティア男性に分かれて利用時間が決められている。GW中はボランティアが多いため男性はクルマで本吉体育館そばの自衛隊風呂まで行った。電気がきてないのでこのころから徐々に暗くなる。

21:00 就寝。僕は風呂へ行かず、少しの水で石鹸洗顔、水なしシャンプーで頭ケア、ウェットテイッシュでカラダ拭きをし、お茶を飲んでブログなどアップしてるうちにウトウト眠くなる。2日夜は強風、3日夜は雨、4日夜は星、5日夜は曇り、5日は人が減って静かだった。
 
 
1105020411050205 ここではあたかも小さなコミュニティーの一員になって入り込んでゆくカタチをとる。

全体ミーティングの内容は、地域のかたにだけ、またボランティアにだけ関係することや、全員に関係することもあり、すべて共有する。地元・避難所の方や子供たち(通学年齢前の子ばかり)と会話を交わすことも多かった。

他のボラセンではドリンクやオヤツの提供はあるが、はまセンでは事前連絡の段階から「避難所で食事も共にしてください」と言われていた。もちろん自分の滞在期間に応じた食料+αの持ち込みが前提だ。僕はmeimeiさん提供の米6kgに、友人たちからのカンパで買った豚肉2kgたまねぎ4袋イチゴとプチトマト各100個相当を持ち込んだ。キャベツも数個買いたかったけどもう積めなかった。

実際にはテントや車内で自前の食事を摂っている方もいた。普通はそうなんだよね。でもまあこの際、避難所の生活に近い状態を体験しておこうと思って、インスタントカフェオレ6本だけ持ってそれ以外は個人携行食料ゼロ、のど飴以外のおやつゼロ、と決めた。ビタミンと繊維不足は明らかで、便通がまばらになった。

α化米は問題なく食べられるが、4日めに出たおにぎりは旨かった!あれは炊いた米だな。α化米連投後だけにすぐわかる。あれは僕が積んでいった新潟コシじゃなかろうか・・・? あと缶詰だけど、甘みが強い蒲焼味よりも味噌煮味のほうが連食に耐える。なお、巨大余震の予測も出ていたので、非常時にはカリフォルニアで逃げられるように禁酒した。奇しくも4泊5日の禁酒は今年2回目になる。
 
 
110502061105020711050208 通常、ボランティアは特殊な(危険な&専門的な)作業には立ち入らないとよく言われる。
が、ここでは依頼をすべて受け入れていた。他所でもよく見られる片づけや清掃や思い出品探し作業以外では、たとえば屋根の引き降ろし、崖に引っかかったガレキの撤去、木材の焼却(野焼き)などなど。

木材はそのまま漁港におろして焼いた。5日は漁業関係の皆さんも壊れた網小屋の撤去など始めて、一緒に盛大に燃やした。途中消防がきてスピーカーで「ごくろうさまです~、ほどほどにお願いします~」(笑)と・・・・・海の男たちは豪快に燃やし続けたけど。

作業終了後、海の男のお一人が「三郎の湯沸かすから入ってけろ~!」とおっしゃる・・・・・・・そうか~、避難所生活を少しでも知るために(それとクルマ乗り合いで自衛隊風呂に行くのも億劫だった)風呂も入らないつもりだったのだが、5日午後はボランティアも減ってることだしせっかくだから行ってみた。

ここは「サブロー&飛騨高山の湯」という。はまセンを立ち上げた高山のNPOが機材を持ち込んで、そしてビニールハウスの持ち主が三郎さんとおっしゃるのだろうか?ちなみに高さ1mほどの差でこの隣から下のビニールハウスは全滅し(右画像は片づけられたビニールハウス、津波が来るとは思えない高さにある)、ただ1棟残ったビニールハウスなのだ。ジャストな湯加減のすばらしい風呂だった。テントまで10分歩くので冷えないようによっく温まった。
みんな写真を撮ってゆくが、こっそりパチリの人が多い。ネット公開前提で「すみませ~ん、ナイスなリアクションお願いしま~す」とみなさんに協力してもらった。(笑)
 
 
1105020911050210 ボランティアは全員カラダの前後に名前と活動最終日をガムテに書いて貼っている。
僕は5日の作業を最後に、6日の朝帰ろうと思っていたのだが、6日の昼まで残った。若きリーダーたちが「え~っ!ほんとに帰っちゃうんですか~?」半笑い半マジでイジメルし、そういうやり取りがなくても自発的に1日半日と予定を伸ばした人はあちこちにいた。

みんな知ってるからね。GWが終わるとほとんどのボランティアが帰って作業は滞る。
あと、作業チームの居心地のよさ、地域コミュニティーに関わったゆえに引かれる後ろ髪。

最後、今朝磯エリアのメンバーで記念写真をお願いした・・・・・ら、みんな続いてカメラを取り出す(笑)
あまりはしゃぐのは控えなきゃならないのだけど真ん中でひっくり返ってるのはエリアの統括リーダーだ。「リーダー会議で怒られるかも」と言いながら。兵庫出身の彼は朝のメンバー募集時に「手と口がよく動く方募集~♪」と呼びかけるが自分がもっともしゃべってる明るい男だ。

テント撤収、身支度後、4日ぶりのカリフォルニアでテントサイトから降りてゆくと、ちょうど分隊チームがいて再び記念写真(分隊は男臭いでしょ!)。みんなと握手でお別れ。足を上げてるのが分隊リーダーで彼の握手は長く強かった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

さて、体験談を楽しげに書いたが、忘れてはいけないことがある。

僕が入った今朝磯地区ではそこそこ片付けが進んで、たとえば道幅も確保できた。だが土台から浮いて流れた家屋は離れたところで逆さになっている。この先、行政が重機を入れてくれればよし。でもまだその先、あらたに家を作り直さなければならない。

漁港では漁船が2隻に船外機ボートが何艘か生き残ってたが、網小屋や漁具は全滅、港内には養殖ワカメのロープが漂着している。

ひとり火の番で漁港にいたら海保のゴムボートが接岸してアクアラング姿の隊長さんに現在位置を聞かれた。まだご遺体探しは続いているのだろうか。

小泉浜のはまセンは高台にあり、被災箇所は海抜の低いところで限定的だったために心穏やかに過ごせたが、4日ぶりに再びカリフォルニアにまたがって、まっ平らになってしまった本吉の町を走ることになった。途中、往きと同じように合掌し、最後にワンショットだけ撮らせてもらった。

残されたがれきは撤去されて一面の荒野だ。歩くとじゃりじゃりと音がする足元から繋がって、かつて町があった荒野が広がっていた。これの復興は生半可ではない。生半可ではないことは知れている。ここに戻れなくて小さな場所に肩寄せあってる人々のことを常に思おう。もちろん僕らにも実生活があり、レクリエーションに興じることもあり、そこは上手にバランスをとって。上から下までがちゃんと思っていれば少しでも復興は早くなるはず。
 
 
11050212

 

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2011/05/05

気仙沼最後の夜

気仙沼最後の夜

今日も今朝磯地区の片付けだ。最初に入ったとこに最後まで、となりそうだ。若きリーダーと共に分隊最古参になってしまった。(実年齢もチーム最古参なのが哀しい)

テントサイトでも僕より古いテントはない。ちなみにテント数は今朝半分になってしまった。テントは減ったが、こどもの日なので鯉のぼりを流す。ちょっと恥ずかしかったけどまわりは「和みますね〜」と。ホッ(笑)

気仙沼最後の夜

このエリアでの片付けは家の片付けという段階に入った。家そのものの解体だ。よそではボランティアは関わらない。
ばらしては燃やし、ばらしては燃やし、木材を再利用しないようだ。片付くけど哀しい作業…………壊れた家にツバメのつがいが飛来して巣の場所を物色してたのがよけいに哀しかった。

気仙沼最後の夜

今日の晩飯は中華丼。多分シーチキンが主原料だが、久々に野菜を食べた気がするにゃ。
いつも「あと少しでおでんができますから」のあと少しが待てなくてカップ麺&おにぎり&サンマ缶ばかりだった。

いや今日も中華丼以外の顔ぶれはかわらんか(笑)
ボランティアが急に減ったので作り過ぎちゃうらしく、食べて食べてと沢山渡される。決して大食いのレッテルを貼られたわけでは………
ちなみに今日はカップ麺は食べてないので。念のため。

さてこのボラセンでは仕事が終わると寄せ書きをする。明日は書けないので一応今日済ませた。

明日は朝ここを出るつもりだったが、毎日ミーティングの参加人数が減るのを見ると胸が痛む。リーダーも引き止めるし、昼まで仕事をしてから帰ります。

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2011/05/04

どんな写真?

どんな写真?

朝6時前、テントサイトの近く、茂みの中のお稲荷さまにお参りするのが日課になりつつあるmassiです。
ともかく環境がよくて気持ちいい土地。歩いてるとヨモギやらイラクサやら生えていて、探せば食べられる野草がいっぱいありそうだ。

meimeiさんがボラセンの日記に画像が出てるよ〜!と教えてくれた。
http://hamaya.hida-ch.com
4日朝の記事らしいが、携帯で見られなかった〓

どんな写真?

さて朝飯は(笑)ワカご飯にイワシ味噌煮缶をオ〜ンザライス!!
ご飯は配膳の人に「大盛りね!」と言えば大きな器に盛りなおしてくれるというコツ?を発見した。

仕事もコツをつかんだというかいい流れができてきた。
初日から今朝磯というエリアの片付けを担当してるのだけど、何人かは入れ替わったがリーダーと僕ら数人は変わらずにいる。顔を覚えれば仕事もしやすい。
僕は最年長みたいだし、みんなにそれとなく声をかけるようにしてる(珍しく気も使ってるんよ、笑)

6日朝に帰る予定だが、早くも帰りづらい空気になってきている………

どんな写真?

船のある画像は今朝磯の上のほぼ直上から見下ろしてる。撮影ポイントの背後には流されたお宅の基礎がある。つまりこの高さまで津波が来たわけだ。

来たと言えば●の党の衆議院議員さんが来たが、どうということはない。

そして頭上を青いジエットが旋回してたのは復興構想会議の視察だったらしい。浜に「いいから金配れ!」って書いておけばよかった。

5時起き生活になり、この時間はもう眠い。ちなみにマットを2枚持ってきたのでよく休めてるよ。4連泊に備えてこれに気づいてよかった〜。

今朝は夏の八ヶ岳より暖かい感じだったが、いまはテント内で手がかじかんでる。もう寝ちゃおっかな?
外を歩く人が口々に星がキレイだと語ってる。星見がてらトイレに行って寝ます。

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2011/05/03

澱粉は充分だが

澱粉は充分だが澱粉は充分だが

第ニ夜。
6時過ぎに着いたボランティアが多く、テント設営中。テント数は夕べの倍以上になった。芝生に座って海を眺め……なんて優雅だった昨日が早くも懐かしい。

さて、今日の朝飯は!!
(いきなり飯の話ですみません)、五目飯と豚汁だった。昨日持ってきた豚肉2kgが活躍したみたいだ。ウレシイ。

昼飯はワカメおにぎりとカップ麺。ビタミン補給にキャロットジュースも。

晩飯はきのこ飯と白米とカップ麺と……(皆は一つだったりするんだけど……)缶詰と、何やら韓国の料理らしいんだけどお汁粉に麦が入ったような甘いのが配られた。まいう♪

「ボランティアに来て太って帰る」とみんな言うてます(笑)

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

朝のミーティング。新規ボランティアの自己紹介から始まる。
ひとり片言の日本語で「韓国カラ来マシタ」と語って盛大な拍手が起きる。

今日の作業はガレキ撤去だった。

と言っても一筋縄にはいかない。壊れた家屋や漁具が引き潮に乗って港まわりの竹やぶに衝突、堆積してるのだ。

この竹やぶが、小さい入江を見下ろす小城が築かれた場所というシロモノで、高低差があり崖地もある。本来は重機を投入すべき現場なんだが、ここに重機は来てくれないので人間が挑んだ。

僕もキライじゃないもんで竹やぶの上のほうにチョロチョロとお手伝いに…………はいわかってます!怪我せず無理せず。

普通ならため息つきながら見上げるしかないような堆積ガレキを、引き綱をかけて40人くらいで引き倒す。少しづつ崩しては片す。崩しては片す。

したら………1日かけて予定のエリアが片付いた!
悲惨の現場なのでこの作業で充足感なんぞを得てていいのだろうかと思うが、でも、できるもんなんだな〜と。ビフォーアフターを見せたいところだけど写真は撮ってない。

澱粉は充分だが

ちなみに他で言われるような、ヘドロが……バクテリアが……匂いが……ということはここでは全く無い。
海がキレイなんだね。

作業は1時間に10分の休憩だ。足元には背の低いタンポポが咲いて、座ってるとポカポカして気持ちいい。
が、腰掛けてるのは家屋の基部で、上に乗ってたはずの家はあっちでガレキになってる。

今日ここは片付けられたけど、ここに住んでた方はこれからここをどうするのか。ゼロに戻ったインフラだって一体どうなるのか??まだ先が………

国家レベルの、本当に有効な、長い長い支援が必要だ。
政府はわかってんのかな〜?なんかピンときてないような……………

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2011/05/02

なんと言いましょうか

被災地の第一夜。

東京を朝出て、まず仙台市泉区の従兄弟家族の顔を見に寄った。その家は被害はなかったんだがライフラインが長く途絶えていたので大変だったようだ。今でもトイレには水を溜めたペットボトルが並ぶ。

そこでいろんな話を聞けた。

震災直後、卵1パックを500円で売ったスーパー。一方、停電のなか客達のクルマのライトを頼りに営業を続けたドラッグストア。
どちらも地元の人々は覚えている。

また、ガスが復旧しないため、まるごと廃業に追い込まれそうな(すでに追い込まれた?)商店街があるという。
被災範囲が狭いために報道(東京に聞こえる)に乗らない地域も多いようだ。

爪痕は広くて深いよ。

さてその後、若柳金成インターから気仙沼に向かった。内陸部でも道に段差ができ、路肩が崩れているので漫然とは走れない。

海への最後の小山を越えると、いきなり視界がひらけて小泉浜(気仙沼市本吉町)を海岸まで見下ろせる高台に出た。

その景色は……………
なんと言いましょうか………

町がまるごと平らになっちまった姿なんて見たことあります?

あなたの町がいきなり平らになって、あなたの母校である小学校の鉄筋校舎だけがポツンと見えている……そんな状態、想像できます?

まさにそんな景色だった。山のはじまりから浜まで、高さによって選別されたところは無慈悲に全て平らにされて、小さな残骸だけ散らばっている。
遠くに漁協だろうか、四角い白い建物がひとつだけ残っているのが見える。

ところどころちぎれた三陸鉄道の高架の上に崩れた家が乗っかっている。

ニュース映像で知っていたはずなのに実物の衝撃はまるで違った……………。

さて
テントサイトは高台なのでご安心を。それでもなにかあったらカリフォルニアに飛び乗れるように帰るまで禁酒だ。

高台に建つ家は助かったけど、電気が来てないのですでに辺りは闇。テントサイトから沖に光る明かりが一つ見えてるのだけど、あれは漁船なのか巡視船なのか?

……明日は頑張ります。

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出発

出発
那須高原SAに着いた。渋滞はない。意外とツーリングライダーが多い。

荷物はどうやら積めて、一番重いものは真ん中に寄せているので操安性はまあまあ落ちていない。(総重量、人間一人よりは軽いしね)

1●0オーバーでもいつもと変わらない……………さすがカリフォルニア。

強風、晴天、西に雨雲、山は萌黄。

仙台市内の従兄弟を見舞ってから気仙沼に向かう。

ではでは〓

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2011/05/01

支援かたじけなく

Vv03Vv04_3 小泉浜に向かうのにカウントダウン中。
meimeiさんがPS袋200枚超を手配してくれて現地へ発送。さらに「おまえが5日食うのに足りるか?」と無洗米6kgを差し入れてくれた。(しかも新潟コシだよ♪) 
 
知り合いがニュースを見て「気仙沼はボランテイア受け入れ中止だってよ!」と連絡くれたりするが、ここが情報の恐ろしさで、報道で言う気仙沼は中心部にあるボラセンでの話であって、末端の事情は違う。
 
宮城県の平野部ではパンク状態みたいだけど、リアス式の沿岸部では人が入らない入り江もまだあるのでは?
空振りを厭わず、移動手段や生活手段を持つ自立自活可能な方は探されてみてはいかがでしょう?
 

Vv01Vv02 さて、吉祥寺の仲間が集めてくれたカンパは40000円に迫り、おかげさまで思い切った買い物ができた。
 
なかでも8mm径のスチールをカットできるばんせん切りを2本買えたのはよかった。これで片付けに厄介なワイヤー類をバッツンバッツン切れる。
 
カンパの金額を見ながら、通勤の途中で思いつくまま買い物をしていたらいつしかカリフォルニアが耐える積載量を越えそうになってしまった。これで打ち止めだね。あとは当日オカズのネタ(80人分?)を買って行く予定だ。
 
なんにしても、カンパしてくれた皆さん、「なにかしたかった」「できることを探してた」という方ばかり。そこにちょうど現地に行こうという人間が現れたわけだ。言ってみれば渡りに船というタイミングだったのかな?。
 
いずれにせよ個人で動いている僕ごときにお金や物資を託してくださって感謝するやら申し訳ないやら・・・・・・・・・でも責任もってニーズのある場に届けますので。

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