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2011/03/21

個人的朗報、と元気玉

朝8時ころ、2機編隊のヘリ部隊がいくつか、小平~東久留米上空を北へ飛んでいくのが部屋から見える。これを双眼鏡で見送るのが日課になってしまったmassiです。気をつけて、よろしくお願いします、と心中呼びかけつつ。
 
岩手・秋田・宮城にいる僕の親戚は無事だった。が、母の母校がある釜石では友人の関係者がみつからない。
小中学生の夏はいつも釜石で過ごしたが、僕がモトグッチに乗るようになってから通うようになったとこもある。橋上市場のころから通った魚屋(兼土産屋)のご夫婦はどうしたろう・・・・・魚市場が飲み込まれる映像も見た。あのそばの旅館は?根浜の網元旅館は?
三陸を走ると入り江の奥に「こ、これは!?」と呆れるほど巨大な防波堤を見る。あれが破られるなんて。
 
 
あ~、朗報から書こうと思ったのに、  
 
さて火曜日に診察に行って、「骨に強度が出てますね」とバイクにも乗っていいという判断が出た。 ・・・・・・・が、まだザックは担げない
「いやセンセー、ザックは腰も背中も使って面で担ぐんですけど~~」
と食い下がってみたが、要は強弱ではない。

ザックを背負って歩くと繰り返し繰り返し荷重がかかり、プレートをとめているボルトが金属疲労で折れたら抜けなくなっちゃうというのだ。 ・・・てことは骨の強度がいくら増しても重いザックは担げないわけだ。 ・・・てことはテント泊ができない。

いまはやりのUL(ウルトラライト)の世界に突入するか・・・・?
ULは極力研ぎ澄ました軽い装備で山に行く。ギリギリの居住性、食事はアルファ米、行動食はドライフルーツとかパワー系ゼリー・・・・て感じだろうか?
でも軽~いギアは高~いのよ(泣)
 
 
001 まあまあでもでも 、バイクに乗っていいというのは朗報だ。ママチャリ通勤も再開した。
 
ちなみにママチャリにメット被って乗った我が姿は・・・・・
よく白人2人組で走ってる宗教のヒトみたいだった。

ちなみに乗るまではわからなかったのだが、少し乗っただけで左腕に疲労感が襲ってきた。ショック!!使わないでいるってことはこんなにも衰えるんだね。

こないだは停電地帯も走った。
ちなみに山上のテント場の夜は当然真っ暗だけど、暗順応で眼はどんどん慣れるもので、深夜トイレに行くときはヘッドランプ点けなくてすむこともある。だ。星明かりでかなり見える。

街での真っ暗は初体験だったが、歩く人々は平静に見えた。
山と同様に少しづつ見えてきたが、裏路地から出たら向こうからたまにクルマがやってきて、そのヘッドライトを見てしまって明順応で見えなくなっちゃった(笑)!!
これは交差点で交通整理に立つ警官も、クルマを見たあとは闇の中の歩行者を見落としちゃうんじゃないか?皆さん気をつけましょう! 
 
 
家の近くに大きなガソリンスタンドがあり毎朝渋滞。毎朝その車列をさかのぼるようにママチャリを走らせている。 夜は街が暗いし、バス・電車は少ないし、物は無いし。
 
そんななか、明日吉祥寺のカフェで会いましょうと呼びかけた。日本人って黙って耐えちゃう民族なんだな~と思うが、ストレスをまったく感じていないわけじゃないだろう。たまには暗いムードから離れてのんびりゆるゆる過ごそうよ、と。
 
元気玉を撃つには元気を集めないとならない。・・・・てことは皆が元気じゃないと、なにかをやっつけることも助けることもできないのだ。
 
この連休を前に被災地ではボランティアセンターが立ち上がったそうだ。僕も早く力仕事ができるようになりたい。ちなみにボランティアセンターは各地域のコミュニティセンターに置かれるようです。地元のコミュニティセンターをチェックしておくのもいいかもですね!

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