静かな雨の夜
小さな私鉄駅前の、商店街とも呼べないような明かりまばらな通りに、ポツンと赤ちょうちんが灯っている。
雨の夜は闇の中に滲んで消えてしまいそうな明かり。
2年半ほど前ここを通るようになったとき、破れ赤ちょうちんのかかる飲み屋らしき傷んだ建物を見て、
「明かりがついてるのだからやってるんだろう」
くらいにしか思っていなかった。
………が、とある夏の日
風を入れるためか、引き戸が開け放たれていて、5席ほどのカウンターの中程に突っ伏している人影が通りしなに見えたのだ。
カウンターに置いた腕に額をあてる小柄な白髪の女性。
店内ほかに人影は無く、あのバサマ(愛をこめてこう呼ばせていただく)がこの店を切り盛りしてるのだろうか。
ウォッチングが始まった。
あんな様子ではあまり客は入らないのではないだろうか?
勝手に心配している。
すりガラスの向こうに客らしき姿が見えるとなにやらホッとしたりして…。
おまけにカウンターに突っ伏していたバサマの姿がいやでも想像を掻き立てる。
ああして待っているのは客だけだろうか?
何を、誰を、待っているのだろう?
たった一度だけ愛を交わしたまま海に出て戻らない船乗りか?(←というてもここにゃ港は無かった……)
ロシア戦線に駆り出されて生死不明の夫か?(←これじゃ「ひまわり」だ……)
店でも宿でも、多くの人が避けそうなとこに好んで手を出すものだから………
よく地雷を踏む。
踏んでしまった地雷を楽しめる性格なので構わないのだけど、さて今回、あの引き戸はあけるにあけられないでいた。
昨夜、
寒さが戻って冷たい雨の降るこんな夜こそと、ついにあの引き戸をあけてみた。
カウンターに座っていたバサマ改めおかみさんが慌ててカウンターの中へ戻る。
腰掛けながら熱燗を注文するとおかみさんはタライにお湯を注ぎ始めた。
まさかアレでお燗するの?と焦ったが、そうではなくて熱いオシボリを用意していたのだ。
オシボリを出して
「なんにします?」
と聞くおかみさん。
(………さっき言ったのに)
しかたなくもう一度熱燗を頼むと、
「お酒置いてないんですよ。ビールなら………」
日本酒を置いてないだなんてさすがに想定できてなかった。
寂れ酒場で熱燗という当ては外れたけど、ビールを飲み始める。
おかみさんは
「こんなおばあちゃんでごめんなさいね。入る所を間違えたと思ったでしょう?」
(いやいやとんでもない。期待通りですよ。)
テレビもラジオも無く、屋根を叩く雨音ばかりが大きく響く。雨のキャンプのテントの中とそうかわりはない。
おかみさんは82才。この店は長く、大いに賑わっていい時期も昔はあったそうだ。
話すうち、会話に行き違いがあったのは耳が遠くてらっしゃるからと気付いた。
そうか………。
もともと無から会話をつむぎ出す能力は乏しいのだけど、なんとか話題を見つけて、よく聞こえるように声を張って話してみると、意外にも会話が弾んだ。
実に嬉しそうに話すおかみさん。何十年も戻らぬ船乗りとかの気配は見当たらないようだ。
しばし過ごしてお勘定をお願いすると
「若い人が来てくれて嬉しかったですよ。気が向いたらまたいらしてください」と。
まあ店としての愛想もあるだろうけど、あまり若い人は入ってこなさそうなのは確かだ。
なんとなく放っておけない店、というより人ができてしまった。
メニューがビール・塩らっきょう・焼き鮭くらいしか無いらしい点がツライとこだけれど。
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コメント
永い付き合いの中で
最近、ようやく あなたの好みの傾向が判ったような・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 気がする。
だが・・・・不思議だ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
投稿: meimei | 2007/04/25 22:17
年上好みかって!?
投稿: massi | 2007/04/26 21:57